一口法話

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 二〇〇六年に行われたアンケートで「人は死んだら生き返りますか」という問いに約三割の小学生が「はい」もしくは「生き返ることもある」と答えたそうです。漫画の影響、ゲームの影響という方もいるでしょうが、根本的な原因は「死」に触れる機会がないということでしょう。
 大変さみしい話ですが、東京の方では無くなった時にお葬儀をしない方がいるそうです。病院のベッドからそのまま火葬場に行き遺骨になってから受け取りに行くだけだそうです。
 また、お葬儀があっても、子どもに死を見せるのはかわいそうだからということで、子どもをお葬儀に連れて行かないという方もいるそうです。「死」に触れる機会がないことでいのちの姿が歪んでくるのでしょう。

 昨年のお盆に坊守方の祖母が亡くなりました。一年前ですから、当時四歳と二歳の娘を連れてお通夜、お葬式に参りました。その際お顔を拝見しようとお棺の所まで行くと、お棺の中で横になっている姿を見て、子どもたちが「おばあさんどうしたの?」と聞いてきました。かわいそうだから子どもをお葬儀に連れて行かないという方は、こうしたときに子どもに伝える言葉が無いのでしょう。私は「おばあさんは仏様になったんだよ」と答えました。
 もちろん当時まだ四歳と二歳の娘ですから「仏様になった」という深い意味は分からないでしょう。「死」ということも分かりはしないでしょう。でも一年以上たった今でも、本堂でお参りをしている時に「おばあさんは仏様になったんよね」と言っています。深い意味は分かっていなくてもおばあさんが仏様になって見守ってくれている、導いてくれているという何か温かいものを感じているのでしょう。
 お念仏に遇い先に往かれた方は、「還相の菩薩」として私達の所へ還って来られ、常に私達を導いて下さっているのです。そして、先に往かれた方に導かれながら、私達もまた仏と成らせて頂くありがたいいのちを、ともに歩ませて頂けるのです。

 2009年11月16日

 
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