一口法話

7、親子がそろい仏壇にお参り

 最近の新聞記事やニュースを見聞するとき、驚きとやり切れなさを感じられる方が多いと思います。 愛媛県の臓器売買の問題は、脳死臓器移植の際危惧された問題がついに起こり、「人間の飽くなき生への執着ここまで来たり」と感じました。また、年間の自殺者が3万人を超え、交通事故の死者よりも多いこと。特に、小中高生には残念でなりません。

 昔もいじめはあったけど、こんなにも自殺が多かったでしょうか。何故なんだろうか?とつい考えてしまいます。いろんな原因が考えられ、とてもこれという一つの原因とは考えられません。少し言い過ぎとは思いますが、今は見知らぬ人に対して親切にすることに躊躇しなければならないなど、人の本来の心豊かさが育ちにくいこと。物の豊かさ・親の手をかけすぎ等により、困難に対して解決していく底力が欠けていること。また、真に安心して任せられない不安や常に満足感の無い生活態度が、子供達に投影されているのではないでしょうか。

 そこに心豊かな生活を育む僧侶の力不足を痛感する次第です。即ち地域・家庭に宗教力が低下しているといえるかもしれません。

 そこで一つの提案ですが、家庭において親子がそろい仏壇にお参りしてはいかがでしょうか?親子が共に同じ方向に向かうところに親だ子だという関係はありません。心を無にして大きな声をあわせお経を読み念仏をしたらいかがでしょうか?

 自分を見つめ一日の反省。何も考えずに声を合わせ合掌することの無限の効用が、私たちの一日のストレスを除き、心にゆとりを生んでくれるのではないでしょうか。仏様の慈悲と願いの中で、また一日過ごしたことを感謝する大切な時間を親子共々過ごしてみませんか。

 
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