一口法話

 要塞町の人々
 
 NHKの「アメリカ競争社会の勝者たち」要塞町(コトデガザ)の人々という番組を見ました。町の周囲が塀で囲まれ、門で外部からの自由な出入りが規制されてるので治安は万全です。プール付きの広い庭に豪勢な調度品、戦後の私達が夢に見た豪勢な生活がそこに映し出されていました。
 
 しかし、町の人々の姿が、私には生き生きとは見えませんでした。若い時からすべてを投げ捨てて一日十四五時間以上働き、経済競争の勝者であるにもかかわらず、幸せ一杯の顔でありません。それどころか反対に以前の惨めな生活に転落するのではないかという不安。生活を守るための仕事漬けによる家族とのすれ違い。目標を失った焦燥感。そこに住む他の人との比較からの劣等感(コト病)。等々。何故なんだろうと考えました。
 
 私は仏教の六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天)における天上界を思いました。裕福で豪華な生活、思う物はすべて手に入るまさに天人の生活です。でも、仏教は天上界の生活は永遠に続かないと説きます。要塞町を去る人の姿が映し出されました。私には天人の衰え去っていく姿と重なって見えたのです。無量寿経に次のように説かれてあります。「しかるに世の人、薄俗にしてともに不急の事を争う。この劇悪極苦のなかにして、身の営務を勤めてもってみずから給済す。(中略)屏営として愁苦し、念を累ね、慮りを積みて、欲心のために走り使われて、安きことあることなし。」(注釈版54)
 
 人間の知恵は限界があります。我が思いや正義感を最優先にしていくところには心安らかな生活はないでしょう。私はアメリカの要塞町の人々より、”お念仏”と共に生き抜かれた多くの方々の方に豊かさを感じたのです。六道を超える処にしか真の幸せはありません。私達は如来様の智慧と願いを本に生きるしかないのです。


                     平成15年4月16日

 
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